靴底の減り方

忙しいという言葉が嫌いだ。

でも、分かりやすい言葉だから、ふとこぼしてしまう。

人に対してはあまり言わないけど、自分だけの心のチャットルームでは常に「忙しい」の短文が連投されている気がする。

忙しいんじゃない。やらなきゃいけないこと、やりたいことがたくさんあるのだ。そう、それが忙しいってこと。というか、やりたいことより、圧倒的勝利で”やらなきゃいけないこと”が多い。もうスーパーシード的な。やらなきゃいけないことの中に、やりたいことが含まれているならよし。

そんなあらゆるタスクにまみれながらふとこの記事を書きたくなった。

最近思うのが、アナログってことについて。

そもそも、アナログって何やねん。今はデジタルで、過去がアナログ?過去はアナログが当たり前だった。今はデジタルが当たり前(異論認めます)。次は何が来るんだろう。その時まで生きていたいものである。

スマホで指をちょいちょいっとすれば、大体のことができる世の中。

Webの世界なんて、ここ20年くらいの新参者である。腕立てとスクワット、最後に外周10周やっとけって感じである。

遠くに住んでる人と顔を見て、声を聞けてコミュニケーションがとれる。

何だろう、コトの重要性が低くなっている気がする。敷居かも?

昔(すみません)は、テキストコミュニケーションだけでやりとりする時代もあったようで、今みたいにすぐ会おうってならないところにもロマンを感じる。

顔も名前も知らない、けど共通の話題で盛り上がれるテキストフレンド。テキフレ。お互い、「ない」ところから相手を知っていき、「ある」を積み重ねていく。素敵である。

今はすでにある状態からスタートするので、器に入りきらずあふれでているような気がする。

繕うより、素のまま、「ない」まま、コミュニケーションを重ねていきたい。

行き過ぎたデジタルの便利性は、かつてのアナログさを嘲笑う。

スマホでできることを、なんでわざわざ時間とってやるの?

Amazonでポチれる本を、わざわざ本屋さんに行って、買う。なぜか。

本屋さんを応援したいからである。本屋さんが好きなら本屋で本を買う。

お店にって、自分で本を探して、あればラッキー。なければ店員さんに頼る。最悪、取り寄せてもらう。

好きな本屋さんの扉にお別れの張り紙ほど心が痛いものはない。

かつてはAmazonポチり族の3番隊隊長くらいであった僕だが、ここのところ、触れる人の言葉、思考によって僕のアナログ人間が遠くから走ってきている。アップ無しで全力疾走。肉離れだけは勘弁。

自分の足で確かめる。これを続けていきたい。

デジタルの方がそりゃ便利だ。人間の賜物である。ただし、それは、意図して使っているのか?それともいつの間にか使われていないか?正体不明の化け物に使われてはいないだろうか?

もういっそのこと、スマホなくてもいいなーって思っちゃう。カラダに埋め込んでくれんかいな。電話とチャット機能、検索機能、おサイフ携帯くらいかな。あとは走ったルート、時間、タイムを記録する機能をカラダにぶち込んでほしい。

うお、めちゃデジタル人間やん。

そもそもアナログとか、デジタルとか分けるの良くないな。仲良くしていこ!

ひとまず、今言いたいのは、Amazonポチらずに本屋に行け!である。

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